前島 豊太郎(まえじま とよたろう、天保6年7月5日(1835年7月30日) - 1900年(明治33年)3月13日)は明治時代の静岡県の弁護士、自由民権家。 駿河国有渡郡古庄村名主兼府中宿助郷総代、静岡県第44区副戸長を経て、府中宿代理人として助郷訴訟に関わり、代言人資格を取得した。静陵社を結成して自由民権運動に参画し、静岡県会議員を経て撹眠社を設立、『東海暁鐘新報』を創刊したが、直後に行った演説で不敬発言があったとして投獄された。出獄後、撹眠社経営に苦闘しつつ、政治活動を続けた。2度国政進出に失敗した後、弁護士業に回帰し、生涯を終えた。