平塚 広義(ひらつか ひろよし、旧字体: 平󠄁塚󠄁 廣義、1875年〈明治8年〉9月2日 - 1948年〈昭和23年〉1月26日)は、日本の内務官僚。1府3県の知事、台湾総督府総務長官、貴族院勅選議員などをつとめた。正三位勲二等、山形県士族。 「ヌラリクラリ党のエキスパート」と呼ばれ、政党色を明確にしない立場を保ちつつ政権交代の嵐の中でもたえず知事を続け、出世を繰り返していった。